ブエノスアイレスのタンゴは1880年頃、ラ・ボカの波止場で生まれました。ハンブルクからの船でドイツ製のバンドネオンが届き、イタリア系、スペイン系、アフリカ系アルゼンチン人の港湾労働者たちの手に渡ったのです。キューバのハバネラやアンダルシアのフラメンコと融合したタンゴは、共同住宅の中庭からキャバレーへ、Carlos Gardel のラジオ放送へ、そしてパリの舞台へと進みました。
このデザインシステムが捉えるのは、1910年頃のサン・テルモにある、ガス灯に照らされた裏通りのキャバレーです。真夜中のベルベット、セピアがかった黄色い光、磨かれた深い赤褐色の革、真珠母のバンドネオンボタンの光沢、真鍮の装飾、そしてブエノスアイレスの飾り文字「フィレテアード」の渦巻く縁取りを、デジタルの要素へ仕立てています。